そうだ、会いに行こう。


桜。

それを見るだけで、小狼は、心を震わせた。
桜の木が、小さな公園で静かに、風に身をまかせて、さらさらとゆれている。
日本を離れ、さくらと別れて、まだ半年にもならない。
ちゃんと覚悟したつもりだったのに、こんなにもろい覚悟だったなんて。
自分で自分が情けなくなってくる。

会いたい、さくらに―――――。

その思いだけが胸の中を渦巻く。
桜のある公園を通りすぎても、小狼のあたまから桜ははなれてくれない。
こんなことなら、あのとき母上からの電話に、「わかりました」なんて答えなければよかった。
でも、あれは決して断ることのできないものだった。いまさら後悔するべきことではない。
それに、さくらと一緒にいるためには…あの場所に戻るためには…これしか、道がなかったのだから。
「こんな弱音を吐くようになってしまうなんて・・・」
知らず知らずのうちに声に出してしまった小狼は、恥ずかしくなって、あたりをうかがうと、さくらと文通している手紙を、ポストに入れる。
結局、伝えたいことの半分も書けなかったうすい手紙は、コトン、と音をたてて細い口の中を落ちていった。



「おはようございます、さくらちゃん」
「おはよう、知世ちゃん」
少しうつむきぎみに歩くさくら。
「…どうされたんですか?」
「うん、えっと・・・」
「李くん、のことですか?」
その言葉にピクッと反応すると、知世ちゃんはなんでも分かるんだね、と苦笑した。
「実はね、その…会いたいの。小狼くんに。でも、私待ってるって決めたんだもん。ずっとずっと待ってるって。それなのに私…。お手紙だって書いてるし、電話だってしているのに、こんなのわがままだよね」
「そう、でしたの。でも、その気持ちは大切ですわ。好きだからこそ、会いたくなるんで すもの」
そっと微笑む知世に、さくらは、ゆっくりと顔に笑みを広げ、にっこりと笑みを返した。
「そっか、そうだよね。好きなんだもん。しかたないよね」
「ええ。李くんもきっと同じことで悩んでいますわ」
と、そこで、さくらは知世の言葉に、頬をほんのり赤く染めた。
「だ、だと嬉しいな」
さくらはまた下を向いて、地面に向かってそう言うのだった。

あいたい、あいたい、あいたい
あいたいと願う、そんな毎日。
さくらは、ある晴れた日曜日の朝、いつになく早起きをした。
「ふあああ。ん?さくら、どこに行くんや?」
小学校の頃、ホワイトデーに、お父さんにもらった羽根つきのリュックを背負ったさくらは、ケルベロスのほうを向くと、いつもの笑顔で、
「小狼くんの家に行ってきます!」
と言った。そして、胸元の星の鍵を取り出す。
そうか…とまで答えて、内容を理解したケルベロスは、目をまんまるにした。
「星の力を示し鍵よ 真の力を我のまえに示せ 契約のもと さくらが命じる!」
「ちょっ、さくら!」
封印解除レリーズ!」
「ま、待つんやさくら!小僧のとこって、香港やろ?!むっちゃ遠いんやんか!!何時間 かかる思てんねん!!それをひとりで行くんか?!」
ケルベロスは、早口でそうまくし立てた。
「だって会いたいんだもん」
ひとこと、さくらはケルベロスにこたえて、強く杖を握りしめた。
ミラー!」
すると、目の前にさくらとおなじ姿の女の子が現れた。
「お久しぶりです」
さくらにそっくりな女の子、 ミラーは、にっこりとほほえんだ。
「いつもごめんね。私の代わりをお願いします」
「いえ、私もうれしいですから」
「そう言ってくれて、ありがとう!」
そして、さらにもう1枚。
フライ!」
杖の星の横の羽根のようなところが、ぐんぐん大きくなり、大きなつばさになった。
「いってきます!!」
タンッと窓わくを蹴り、大きくつばさをはばたかせて、さくらは小狼のもとへと飛 びたった。








「そうだ、京都にいこう」のフレーズがテーマです。
“そうだ”って思えるくらい、気軽に行こうとするさくらちゃんが書きたかったのです。
現実的には、ちょっと危険な話でもありますがね;
それから、あえて、杖に羽を生やさせてます。

管理人:咲良 ひとむより
In this site.2008.06.29.up.