不思議の国の。


郁は、木の陰に身を寄せながら、お茶会に参加してもいいものか迷っていた。
なぜなら、ぐおぉと大きな寝息を立てている玄田の横で、にこにこ笑いながらお茶を飲み交わす小牧と毬江がいたからだ。
玄田の眠りを邪魔することより、小牧と毬江を邪魔することの方が気が引ける。
「うーん、お邪魔してもいいのかな?」
本日三度目の唸り声を郁は上げた。
するとそこへ、思わぬ横槍が入った。
小牧と毬江と眠る玄田の三人の前に、5人の良化隊員が現れたのだ。
そのうちの一人が三人の前に歩み出て、封書を胸ポケットから取り出した。
封書から手紙を取り出して広げ、良化隊員は威圧的に、かつ機械的な動作と声音でその文章を読み上げた。
「女王陛下からの通達だ。中澤毬江殿に、斬首の令が下った」
小牧は眉間に僅かながらに皺を寄せた。毬江に聞こえていないといいと思ったが、良化隊員が書類を読み上げたときにあった音といえば、玄田隊長のいびきくらいなものだった。
それでも毬江は、聞きなれない単語もあってか、少しばかり聞こえなかったらしい。
毬江が小牧に、なんて言っていたのかと問う。
小牧は毬江を安心させるように微笑んで、「大丈夫だよ」と言ったが、毬江は首を横に振った。
「良化隊員の方たちが、「大丈夫」なことで来るはずないでしょう? 私にだって、何か私のことを言っているのだということは聞こえました。だから隠さないで下さい」
その、調整が難しいであろう、小さな小さな声に、小牧は悲しみを帯びた笑みを表した。

君は大人になっていっているけど、強くなっていっているけど、それでもまだ少し子どもだね。
俺の気持ちも考えてみてよ。こんな酷いこと、君に言わなきゃいけない俺の、さ。

などと、そんな子どもじみた我が儘など口には出さず、小牧は毬江を抱き寄せた。
毬江の両肩にそれぞれ両手を乗せて、毬江の瞳を見つめて、そっと。
良化隊員が言った台詞をそのまま。そのまま毬江に、もう一度言った。
ついて、小牧の腕にしがみついた。
片腕に絡んだ腕の持ち主をちらりと見たあと、小牧は良化隊員を真っ直ぐに見つめた
「何故?」
小牧、その眼差しとは裏腹に、冷静な声を発した。
「女王陛下の命令だ」
良化隊員は、それ以外答えない。
「理由もないのに引き渡せるわけがないだろう」
小牧は冷静な声ながらも、瞳には恐ろしい色が灯っていた。
「女王陛下が理由だ。この国はそういう国だ」
この自分の国の世情の愚痴を吐き捨てると、書類と読んでいた良化隊員が、二人のもとへ、つかつかと早足に歩み寄った。
「キャアッ!」
いきなりぐいっと良化隊員が、毬江の片腕を掴んで引っ張ったのだ。
「おい!」
小牧に珍しい荒声を上げたが、両脇をほかの良化隊員が押さえ込んだ。
「待ちなさいよ!」
郁は無意識のうちに飛び出ていた。手前に突っ立っていた良化隊員一人が慌てて拳を投げてきたが、カウンターを食らわせて殴り倒す。
「連れて行くなんて間違っているわ! 離しなさいよ!」
郁は毬江の手首を掴んでいる良化隊員を睨んだ。
しかし、良化隊員の反応に、郁は完璧に虚を突かれた。
「そうだな。お前は良化隊員である我々の仲間を殴った。傷害罪だ。連行する」
「はァ?」
どんな展開ですか、それ! いや、確かに殴った私悪いけど! というか毬江ちゃんに下ったとかいう斬首の令とかなんとかはいいんですかァ―――――!?
心の中ではぐちゃぐちゃな思考が飛び交っているが、とっさに口から飛び出たのは、却って短い、間の抜けた言葉だった。
毬江を掴んでいた良化隊員がこちらに近づいてくる。手を離された毬江は、「小牧さん!」と叫びながら、両側を押さえ込まれて動けない小牧のもとに駆け寄った。
正面から近づいて来る男一人なんて、すぐに倒せる! と、内心息巻いていたが、背後から両脇を抱えられてしまった。
小牧を押さえている二人、毬江を掴んでいた一人、郁が殴った一人―――しまった、この場には5人いたんだ。もう一人いたの忘れてた!
今さら気づいても後の祭りである。そのまま、郁は良化隊員に引きずられて行った。



こうして郁は、とりあえず裁判に出ることになったのだが、証人がいない。
どうやら女王や良化隊員たちは、正論の扱いが巧い小牧を出したくなかったのだろう。
同じく毬江も、小牧に何か言われているかもしれないので、やはり駄目。
しかし、それ以外に郁の証人になってくれる人を女王や良化隊員は知らないのだ。
いらいらした気持ちを抑えながら郁が「玄田隊長がいます」と教えてやった。
けれども、玄田隊長は、事の最中ずっと寝ていたので、証人になってもあまり発言できないかもしれないな、とは思っていたが、まさか反対されるとは。郁は苛立った。
女王は遠慮会釈なく顔をしかめて、却下。と一言答えた―――と、伝達役の良化隊員が答えた。
これも郁のいらいらの原因のひとつだ。話すなら、直接話せばいいのに、いちいち伝達役を介してでないと会話ができない。
「なぜでしょーか、女王様」
せめて皮肉をめいっぱい込めた口調で言うと、「かしこまりました」と残して、伝達役はまた部屋を出て行った。女王に伝えに行ったのだ。
伝達役の表現は的確で、だからこそ、女王の様子を聞くと楽しいが、伝達役が女王にも同じように報告しているなら、郁が込めた皮肉もちゃんと表現して伝えるのだろう。
初めて扉を開いたときから変わらず、音を立てないようにそうっと開いた扉から、先程伝言を伝えた伝達役が入ってきた。
「あなたの証人が決まりました」
やっと! 郁はこの状況からやっと離れられる開放感と仲間が来てくれる喜びに内心小躍りをしたが、それはすぐに停止した。
「証人は、あなたです」
「え?」
思わず聞き返した。今、なんて?
「ほかにあなたの証人になれる方がいらっしゃらなかったので、証人はあなたにしましょう。女王陛下はニヤリと薄ら笑いを浮かべておっしゃいました」
あんた、自国の陛下に対してそんな表現使ってもいいのか、なんて突っ込みをする余裕はなかった。
私を…私が弁護するってこと? そんな! 無理! 頭も舌も、図書隊一回らないのに!
郁は、混乱している頭を抱えた。さっきから、どうしてこんな突飛な展開ばっかりなの…ッ!
叫ぶ言葉も思いつかず、展開に着いて行けていないという信号を先程から発している自身の頭を抱え、頭蓋骨に力いっぱい指を立ててみるが、何か妙案が浮かんでくることはなかった。





 

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