時折、なびく 第5話 〜三日前の日〜


テスト3日前の月曜日。でも祝日だから学校はナシ。
相模ちゃんが所属する吹奏楽部の定期演奏会の日。
わたしとのんちゃん、浩果ちゃん、 皺蒔ちゃんの4人で、吹奏楽部の演奏を聴きに来たのだ。
ホール入口前で、トイレに行くのであろう相模ちゃんを見つけた。
相模ちゃーん!」
「あ、はるちゃん。みんな、来てくれてありがとう」
「どういたしまして。演奏がんばってね」
浩果ちゃんに応援してもらえるんだもん。心強いよ」
「わたしはー?」
「ふふっ、どうかなー」
「たしかにー。はるに応援されてもね〜」
相模ちゃんも皺蒔ちゃんもヒドイ!」
「分かった分かった。いい子だから静かにしていようね〜」
のんちゃんがあやすように言う。む、とりあえず小声は意識せねば。
「それじゃ、あとでね」
「うん。じゃあね」
浩果ちゃんがにっこり微笑みながら、胸元で小さく手を振ったので、それに習って、わたしたち3人も手を振って見送った

「もう、あんまり空いてないね」
ホールに入った瞬間、一番身長の高い浩果ちゃんがざっと見渡してつぶやく。
「そうだねー」
次に背の高いのんちゃんも確認したようだ。席探しは2人に任せるとしよう。
「んー、見つかんないなー」
「あっ、あった!あそこ!」
「本当だ!のんちゃん、ナイス!」
「のんちゃんお手柄だね」
「早く行こっ、取られちゃうよ!」
小さな市民ホールでの演奏会。小学生のころから何度も来ている、気心知った場所なので、騒音などもあまり気にしない。4人は、トタトタと音を立てて早足で空いていた席へと座る。
「結構、隅っこのほうだから、相模ちゃん気づくかな?」
と、皺蒔ちゃんが不安そうにつぶやく。
「大丈夫だよ、たぶん。気づきそうになかったら、私が思いっきり手を振るからさ」
「冗談だってば、のんちゃん」
「いや、はるならやりかねんなと思って」
「のんちゃんもヒドイ人だ!私の味方は浩果ちゃんだけだよ」
わたしが浩果を拝むように見ると、
「え?私はもちろん、のんとひずとちうの大親友だから」
「わたしは?」
「どうだろうね〜?」
「そんな!私だけ独りなの?!」
そうしていると、パッと、会場内の照明が消えて、あたりが灰色に包まれる。
勝手知ったるとはいえ、さすがにしゃべってはいられない。静かに正面を向いて座りなおした。
こつこつと足音がして、一人の男性がステージの真ん中に立つ。と、同時に、ステージ全体の照明が付き、明るくなる。
「それでは始めに、飯海中学校校長の言葉です」
「本日は、各中学校の吹奏楽部の定期演奏会に来てくださり、ありがとうございます。まるで成功を望んでいるように、誠に素晴らしい晴天にも恵まれ―――――」
長々しい大人の人の話が始まった。わたしは興味がないので、ステージの上やステージそでの奥のほうに目を向けたりと、キョロキョロあたりを見渡していた。
気が付くと、視界が閉ざされた。どうやら、イイウミチュウガッコウチョウの話が終わり、準備のために一度幕を下げたらしい。
少しの間、慎ましやかにしているのが伝わる程度の物音がする。
しばらくして、ゆっくりと幕が上がる。
トップバッター、任海中学校の発表だ。
「これは、ヘンリー・フィルモニアのミリタリー・エスコートね」
浩果ちゃんが呟く。
浩果ちゃん、すごい!分かるの!?」
「音楽で習ったでしょ?先生が紹介していたよ」
「えっ…そ、そうだっけ?」
身に覚えがない。
そのあとも、浩果ちゃんが曲名を当てていく。といっても、中には、初めに曲の解説などをしてから演奏する学校もあったり、有名な曲で、言わなくても分かる曲もあったりしたのだけれども。
そして、3校目に演奏の順番が回ってきた。相模ちゃんの番。我ら、風波中学校吹奏楽部演奏。
そよ風のマーチ、ディスコ・キッド、宝島。
相模ちゃん、カッコいい!」
「音の迫力、生はすごいね」
「さすが、吹奏楽っ!」

音でなかなか聞こえないので、のんちゃんと耳打ちし合いながら、そう話した。
宝島は、身体がノっちゃうね。 相模ちゃんは、いつものおっとりした表情などどこにもなくて、ただただ真剣な表情で、指揮者と楽譜を見つめている。
たくさんの楽器がひとつの音楽を、力いっぱい演奏して奏でる――。



相模ちゃんは人ごみの中で、人々の頭の上に見える手に気づいた。
そして、その手の先がわたしだというコトも。
「はるちゃん!」
相模ちゃん、お疲れ様。すごくカッコよかった!」
「ありがとう!」
「ちう、本当にすごかったよ。おつかれさま」
「ちうちゃん、いつもよりもカッコよく見えたよ!」
「のんちゃんとひずちゃんもありがとう!聴きに来てくれて、本当に嬉しいよ」
「ううん、こちらこそ、ちうたちの演奏きけてよかった。そろそろ暗くなるし、わたしたちは帰ろっか」
「そうだね」
のんちゃんの言葉にわたしが頷いていると、相模ちゃんが周りを見回してから首を傾げた。
「あれ?おーはちゃんは?」
「塾があるから帰るって言って、先に帰ったよ」
2人の代わりに皺蒔ちゃんが答えた。
「あ、そうなんだ。それじゃあ、私も部活の方に戻るね」
相模ちゃん、どうかしたの?」
「なにが?」
「え、あ、ううん、なんでもない」
わたしは、何をききたかったのだろう。なにか言いたいコトがあるのかと思っただけなんだケド。
「疲れてるだけだよ」
唐突に皺蒔ちゃんが言った。
「あんなにすごい演奏だったんだもん。疲れるのも当然だよ。だから今日は早く帰って、ゆっくり休んでね」
「うん」
「そうだよね、コントラバス重そうだったし」
「そうそう。長時間持ち続けると肩凝るんだよね」
「じゃ、明日湿布持って来てあげるよ。私も筋肉痛とかでよく使うからいっぱい持ってるんだ」
「うん。めいっぱい持ってきてね」
相模ちゃんが冗談めかしてそういったのを最後に、わたしたち3人は市民ホールをあとにした。






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