時折、なびく 第8話 〜くもりの日〜
来月にはココ、風波中では、冬の発表祭がある。
これは、文化祭とは別に、短期間で風波中の各学級が地域との交流、風波中の活動の発表の場として行われるお祭りなのだ。
文化祭とは違い、「学校で学んだコト」や「総合の授業で調べたコトの発表」などを主としているので、準備期間は一週間。しかも朝と帰りのHR、総合の授業の時間とそれから放課後のみ、と、とても少ない。
ようは来月と言っても、8日後なのだ。このクラスでは、設置の発表モノをやるコトに決まっでいる。
各クラス、テーマが被らないように、一度話し合いで決めた後、担当の委員会の子たちが各クラスのテーマを提示し合い、テーマが被り、そのあとその取り合いに負けたクラスは考え直さにあといけなくなるから。
テーマは国際交流の授業で学んだ、中央アジアの戦争について、だ。
わたしやすな、鳴村は運動部や男子というコトで大道具係に。
のんちゃんや
浩果ちゃん、
皺蒔ちゃん、
相模ちゃんは看板などのイラスト係に決まった。
準備開始初日なので、今日は各係りで顔合わせのような話し合いだけし、ミーティングの終わったわたしがのんちゃんたちのもとに行くと、イラスト係ももうすでに終わっていたようで、おしゃべりをしていた。
「のーんちゃん!こっちも終わったよ」
「あー、はる」
「そっちは何か決まった?」
わたしが問うと、のんちゃんは少し考える顔をしたあと、少し笑った。
「うん。私とちうで入口の看板。おーはとひずはほかの子とポスター作り」
「そうなんだ!」
「大道具なんでしょ?ほら、あっちに行きなよ」
「え?」
いきなり、浩果ちゃんが、大道具係の人たちが未だに固まっているトコロを指さして言う。えっと、ミーティングは終わったのでして。えっと?
「そうだよ、こっちはまだ話があるんだよ」
と、皺蒔ちゃんも右斜め下に視線を走らせた。
「でももう終わったし」
「いいから行きなよ、こっちは話がまだ終わってないの」
だんだん声高になるように皺蒔ちゃんがいうものだから、びっくりしてしまった。
その勢いに気圧されるようにして、うんと小さくうなずくと、先ほどまで話し合っていた場所に戻った。
しまった、まだ話し合いの途中だったのかな。
なんか、様子が変な気がする…。どうしたんだろう…。
窓の外は空は灰色で重く、どんよりとしていた。
あの日から、ほかの女の子の友達も、だんだんと態度がよそよそしくなっていった。
相変わらず、のんちゃんはふつうに接してくれているし、すなや鳴村だって今まで通り。
バスケ部の友達も、ふだんも部活中くらいしか関わりがなかったケド、もちろんいつも通りだ。
のんちゃんは気にするなって言ってくれたケド、何が起こっているのかが全然分かんない…。
多分発端、だと思う浩果ちゃんも皺蒔ちゃんも、なんだか声掛けづらいし…。
そうこうしているうちに5日が経ち、いつの間にか浩果ちゃんと皺蒔ちゃんはわたしの悪口を言うようになっていて、相模ちゃんはそれに頷いている
でもどうしたらいいのか分からなくて。
お昼の時は、喋りはしないケド、いつか理由を話してくれると信じて、今までのように机をくっつけて食べていたけれど、私は逃げるかのように、体育館に行くようになった。
のんちゃんはずっとそばにいてくれて、一緒に体育館に来てくれると言ってくれたけれど、私は断っ
た。
わたしのために、のんちゃんまで風当りのつらいトコロにに立たせてはいけない。
同じようにほかの友達にも、浩果ちゃんと皺蒔ちゃんの前では、決して話さないように、近づかないようにした。心配してくれる友達を避けるのは辛かったけれど。
気づくと、浩果ちゃんと皺蒔ちゃんを怖い、と感じていた。
同じ教室にいるだけで神経が二人に向き、のんちゃんが話し掛けてくれて、喋って笑っている時でさえ、耳は二人の話している内容に注意を傾けていた。
二人の姿が見えるトコロでは、ずっと緊張していた。
そんな自分が嫌で、だからきっとこんなコトになってしまったのだと心臓を掴まれた気分になった。
ごめんなさい、ごめんなさい。何か悪いコトをしてしまったのなら、謝るから。
ごめんなさい、ごめんなさい。どうして、こんなコトになってしまったの?
「
穂蘭」
「何?
鳴村」
「最近元気ねーな」
大道具係の仕事で、二人で外倉庫にベニヤ板を取りに向かっている途中、鳴村はいつもの調子でそう言った。
「そーかな」
「あからさまに」
鳴村は顔は前に向けたままだ。
「めんどくさいな、女子って」
「何よ、女子じゃないクセに」
「いんや、男子はみんな思ってるだろ、女子はめんどくさそーだなーって」
「そうなの?」
「そうだろ。休みごとに一緒にトイレ行ってたり、いつもベタベタ一緒だったり。グループだのなんだの作って、でもそのグループ内の関係もなんだかんだとナイーブだったりよそよそしかったり」
「あー…確かにみんなでトイレに行くのはめんどくさいよね」
「そうそう。トイレが混むだけじゃん!」
「あははっ、そうなの!でもトイレの中でもずっと喋ってたりするんだよ、そーゆー人たちは」
「うへー」
「ぷっ」
鳴村はコチラに舌を出して、嫌そうな顔をしてみせた。
その顔がおもしろくて、口元を手で押さえて、でも上がった頬を隠しきれずに笑った。
そしてゾッとした。
ようやく、自分の頬の筋肉が強張っていて、ひどくぎこちなくて、長く笑っていないのだと気づいたから。
笑っていると思っていた時でさえ、意識が二人に向いたから、とても強張っていたのだと知った。
たった5日でこれなら…今笑わせてくれなかったら、どうなっていたんだろう。「今」を改めて恐ろしく思った。
それを知っているのか知らずか。鳴村はニッと歯を見せたかと思うと、一緒になって笑ってくれた。
大きなベニヤ板を、前が鳴村、後ろをわたしが持って運ぶ。これからこれは、発表時に模造紙を掲示しておくためのボードになる予定だ。
自立するように、脚などを作るのが大道具の仕事。
大道具で働いている時と、部活をしている間だけは、苦しいコトを忘れていられた。
完全に、というワケではないけれど、少なくとも二人からの目を気にする必要はなかったし、身体を動かしていると気持ちが軽くなるような気がしたから。
こんなにも、無心になって身体を動かすのが気持ちいいと感じたは初めてで、運動をするとストレス解消になるというコトを実感したのも初めてで。
それだけは、浩果ちゃんと皺蒔ちゃんに感謝しよう。
発表祭当日は、当番は黙々とこなし、そのあとは発表祭終了の時間まで、屋上でバスケットボールをいじったり、本を読んだりして過ごした。
屋上の入口の影になる、風下のトコロにしゃがんでいても、冬の屋上はとても寒くて、けれど構わなかった。
図書室も体育館も、校庭も。学校中に人が歩いているから。
これだけ寒ければ、屋上に行こうと思う人もいないだろう。
そもそも、屋上の鍵が開いているコトを知っている人なんてほとんどいないと思う。学校探検なんて春に済ませるものだから。鍵があると知って屋上への階段を上がる人はそもそもいない。
わたしは…屋上に行けなくても、そこの階段なら一人になれると思ったからだけど。
屋上は寒いケド、解放感があるよね。
廊下を歩くのは、なんだか辛い。みんながわたしを見ているような気がする。自意識過剰と知っていても、わたしのコトを悪く言っているような。
冬の空は雲がなくて真っさらで、あの青は、とても澄んで見える。
ここから立ち上がって下界を見れば、校庭があって、住宅があって、海が見えるのだろう。
そして今見上げている空は、今日展示していた、中央アジアだってほかの世界にだってつながっている。分かっている。その外国が他人事のように遠い場所だというコトも。
一度は仲良くしようと固まったのに、誰かのわがままで均衡が崩れて仲違いをしてしまったり、たくさんある資源を利用して大きな隣国にへつらって豊かさをもらったり、その豊かさの陰で格差が生まれていがみ合ったり。知らない間に争いに巻き込まれてしまったり…。
自分が、浩果ちゃんと皺蒔ちゃんと、その周りの人と。
距離ができてきてしまっているのは分かっている。原因はあの二人だケド、なぜなのかは分からない。
あんな国同士の争いなんてとてもじゃないほど、大きなコトだって分かっている。でも、自分にはこの小さな世界で手一杯。こんなに狭いトコロでさえ、円滑にはいかないんだもん。
人間関係って難しいなあ…。はあ。
風に乗って揺れる髪は、不安定で、弱々しい。
気にかけてくれる友達がいるのだから。大切な人の前では、ちゃんと笑っていなくっちゃ。
わたしは頬を持ち上げるコトを意識しながら、笑って見せた。
In this site.2011.01.29.up.
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