時折、なびく 第9話 〜音楽室の日〜


塾の先生に褒められた。
学校の中間テストのとき、自分では悔しかったケド、数学でいい点を取ったし、先月の期末テストでは文句なしの満点だったのだから、期待した目で見てくれているのだと思う。最近は宿題の忘れもないし、差したときの回答率も良いし。
「よく頑張ってるな、穂蘭 。この調子で頑張れよ」
「はい…」
授業間を、本を読むか勉強しているか、だったからだと思う。
その日の塾の帰り道は、なんだか複雑な気持ちだった。
部活や読書や、苦手な勉強だって。何かに没頭していれば、紛れる気がしたからしたので、誇れるモノのように感じられない。

「いい子ぶりっ子」
「がり勉」
「運動音痴はうんちっていうのよ、クソだよクソ」
「男子に色目使ってる」
「お弁当、豚の餌みたい」
「声気持ち悪い、しゃべらないで欲しい」
「あの子が二酸化炭素吐くと、地球が汚れる」
「自殺してくれないかな。そしたら、“あんなにいい子だったのに”って、ちう、泣きマネしてよ。私ら後ろでピースしてテレビ映れるからさー」

近ごろの常として、お昼休みを体育館の2階のトコロで過ごしていた。
体育館に続く廊下のすぐそばには音楽室があり、部活中は吹奏楽部の演奏をBGMにして練習をするのが定番となっている。
ある日の昼、その音楽室から、演奏をする音が聞こえてきた。
いつものように体育館の二階で、ちょうどお弁当を食べ終えたトコロだったので、気になって覗きに行こうと腰を上げた。
だって、この前発表祭が終わったばかりで、大会も近くにあるワケではないから、自主練習をしている人がいるのは珍しいと思ったから。
それになんだか―――気になる音だったから。
ええと、この音は…管楽器?
わたしは、アーティストのライブなどに行ったりするほど音楽に熱心な人間ではないので、この分野はちっとも詳しくない。音で分かる楽器は、管楽器か弦楽器か打楽器か、ピアノか、だ。
のろのろした足取りで音楽室の前に辿り着くと、こそりと、扉のガラスになっているトコロから覗いてみた。楽器を吹いているのは相模ちゃんだった。
そうか、相模ちゃんの音だから、なんか聞いたコトがあると思ったのか。
そういえば、“ド”が苦手って言ってたことがあった気がする。と、おぼろげな記憶を引っ張り出しみた。なんだかちょっと、懐かしい。
こちらに背を向けて椅子に座り、楽譜を見つめるその表情は、あの演奏会の時と変わらない。
久しぶりに、相模ちゃんの姿をきちんと見たと思った。ずっと、目を合わさないように俯いていたから。
「えっくしゅ!」
なんとこんなタイミングで!鼻のバカ!
前触れなく訪れたくしゃみで、思わず首を折った瞬間に、わたしは思わず頭をドアにぶつけてしまい、ガタタッと大きな音を立ててしまった。
「…あ」
振り返った相模ちゃんと、バッチリ目が合ってしまった。
慌てて立ち去ろうとすると、相模ちゃんはコチラに歩いて来て、そっと廊下の様子を窺うと手招きをした。
「い、いいの?」
おずおずと尋ねると、コクンと首が縦に動いた。
それを見て、自分でも周りを見回し、誰もいないコトを確認して中に入った。
「久しぶり…だね、はるちゃん」
八の字眉の>相模ちゃんは、先ほど座っていた席に再び戻った。
わたしも、慎重に近くの席に座った。二人の間の距離は机2つほど空いている。
きっと、これが今の距離だと感じたから。
「相模ちゃん、わたしなんかと話して大丈夫なの?」
「うん…。のんちゃんも話してるじゃない、はるちゃんと」
「そうだけど、でも…」
「ごめんね、私、怖くて。本当に、申し訳ないと思っているの。はるちゃんのことを嫌いになったんじゃないんだよ。でも、おーはちゃんもひずちゃんも大切なお友達なの。こんなこと、違うって分かってる。でも…」
あの二人は権力が強い、言葉尻が切れても分かった。
俯く相模ちゃんは、右手で左手を固く握りしめている。
「…ううん、大丈夫だよ。そう言ってくれるだけで、すごく嬉しい」
わたしは力強く笑ってみせた。違うと言ってくれるだけでうれしいよ。
ああ、笑う練習をしておいて良かった。きっと強張ってはいないはず。
相模ちゃんだって、苦しい気持ちを抱えているのだから。大丈夫、そう言ってくれるだけで。
「相模ちゃんはあんまり気にしなくていいよ。わたしは大丈夫だから」
「ごめんね…」
「誰かに見られちゃ困るよね、そろそろ行くね」
扉を振り返って、入った時のように外を確認する。
「ありがとう、相模ちゃん」
去り際に、そう言い置いて、絨毯の床から、冷たい廊下に出た。
出てから気づいた。
なんだか、心臓が動いているのが分かる。あったかくて、動いている。
「あ、理由、聞けばよかった。何か知っていたかもしれないのに…」
最近、ひどく頭が寝ているかんじがする。






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